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広島地方裁判所 昭和46年(ワ)620号 判決 1975年3月27日

原告

株式会社山陽ベーカリー

右代表者

堂官秋夫

右訴訟代理人

山本敏是

鶴敍

被告

広和運輸株式会社

右代表者

卜部虎一

右訴訟代理人

新谷昭治

主文

被告は原告に対し、別紙目録一記載の建物を明渡し、同目録二記載の土地を引渡し、かつ昭和四六年六月一日から右建物明渡ずみまで一か月六万円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

主文一、二項同旨の判決と仮執行宣言。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、主張<略>

第三、証拠<略>

理由

一本件土地建物が原告の所有であること、被告が昭和四六年六月一日以前から本件土地建物を占有していること、本件土地建物の賃料相当額が一か月六万円であることは当事者間に争いがない。

二被告主張の賃借権の存否について考えてみるのに、<証拠>によると次の事実を認めることができる。

訴外河内一之は昭和四四年一月原告から本件土地建物を営業所および車庫として使用する目的で賃借し、河内運送の名称で一般区域貨物自動車事業を営んできたが、同四五年初めころから経営悪化して資金繰りに困り、訴外新栄運輸株式会社を経営していた訴外浜田悟らの援助と協力によりかろうじて経営を続けていた。右新栄運輸株式会社は広島市内に営業所または事業所を設けることを認められていなかつたけれども、広島市出島二丁目谷本木材所有の空地を借りうけ、表面上市内に営業所設置を認められている河内運送との共同事業の形態をとつて、同所で事業上の営業活動を行つていたところ、無届行為であるとの同業者の非難や広島陸運局の指導をうけるに至つた。そのため、新栄運輸株式会社は市内に正規の営業所を設ける方法として倒産状態にあつた河内運送の営業免許を譲り受けることを考え、河内一之と協議のうえ、広島陸運局の認可を得て個人企業の河内運送を株式会社組織に改めたうえ、新設会社と合併するか若しくは新設会社の株式譲渡、役員交代等の方法をとり、手続完了後できるかぎり速かに営業所は認可をうけて本件場所から前記出島二丁目等に移すことを取り決めた。そこで、河内は同四五年三月ごろ当時の原告会社代表者堂官伊三一に対し、河内運送を会社組織にする認可申請に必要な賃貸借契約書の作成方を申入れたが、息子秋夫において本件土地建物は返還をうけて他の目的に使用したいと言つて反対したこともあつてことわられたので、数日後さらに右伊三一に対し、前記事情を説明し、河内としては事実を継続する意思はなく、新設会社に事業の免許がおりたあかつきには、他の会社と合併し、その認可をうけた後さらに営業所や車庫を他の場所に変更する認可申請をし、認可あり次第速かに本件土地建物を原告に返還する予定であり、あくまで右会社組織認可申請の資料として使用する旨申し述べて依頼した結果、右伊三一は右趣旨を了解し、同年三月二四日河内の持参した広和運輸株式会社設立発起人代表河内一之と原告代表者堂宮伊三一間の本件土地建物を運送事業経営の目的で賃貸する旨の賃貸借契約証書に記名押印して交付し、右河内はこれを添付して事業認可申請におよんだ。また河内は形式的書類を整え、同年五月二八日被告会社設立登記を経、自ら代表取締役となり、前記浜田悟は取締役として参加し、同年六月には被告会社に対する運送事業の認可がなされた。そこで新栄運輸関係者は被告会社との合併による営業免許の譲り受けを検討していたところ、合併の方法では河内運送時代の約一七〇〇万円におよぶ多額の債務の引受けを要し不得策であるとの反対意見があり、たまたま他会社の営業免許に関する権利の売物に出たものがあつたため、役員交替の方法でこれを譲り受け右合併は取りやめた。当時被告会社には営業免許に関する権利のほか何ら積極資産はなかつたところ、河内運送時代以来の債権者である広島三菱ふそう自動車販売株式会社らは河内の同意のもとに、被告会社の営業免許に関する権利を他に譲渡し、譲渡代金を各債権者に分配し、残債権を放棄することを決定し、譲受人を物色した結果、同年九月河内一之と訴外卜部虎一代理人茅原弘幸間に右営業免許に関する権利を六〇〇万円で譲渡する契約が成立した。右代金は右債権者が受領分配し、河内一之、浜田悟は取締役としてしばらく残留し、代表取締役河内一之および他の取締役、監査役は同年九月二四日辞任し、茅原弘幸は取締役、卜部虎一は代表取締役に同日就任した。営業免許に関する権利はそのころ約六〇〇万円で事実上売買されており、その場合買主は自ら営業所車庫用地を確保しておき、役員交代後変更の認可をうけるのが通例であり、若し従来の営業所等に借地権がありかつ地主が経営者の交代による借地権の承継を承諾しており、買主がその利用を希望する場合には売買代金は右六〇〇万円のほかに借地権の存在を考慮した価額が加算される例になつていた。本件譲渡の場合、前記事情から原告が借地権の承継を承諾しないことは明らかであつた。従つて借地権の価格は全く考慮されなかつたし、また譲受人側において一、二営業所用地のあてがなくもなかつたけれども、余り適当な場所でなかつた。そこで、河内一之が取締役として被告会社にとどまつていれば、原告としてもむりに返還を求めるようなことに出ることはないであろうという考えもあつて、しばらく、本件土地建物で営業を行い、早急に他に適当な場所を確保して移転することになり、河内一之は取締役として残留した。右役員交代について陸運局の承認があつたので、右卜部らは新に車両を整備し従業員を雇入れるなどして本件場所で営業を開始し、原告に対し経営者の交代したことは告げないまま被告会社名義で毎月六万円の賃料を持参支払つていたところ、同四六年四月ころ原告代表者伊三一が右交代の事実を知り、河内に対し約定違反をとがめるとともに、卜部らに対し早急に本件土地建物の明渡を要求するにおよんだ。

以上のとおり認められる。<証拠判断省略>。右事実によると、原告と被告会社設立発起人代表河内一之との間の前記賃貸借契約はできるかぎり速かに、被告会社を設立し、運送営業の免許をうけた後免許に関する権利を合併または役員交替等の方法で他に譲渡し、その変更認可手続を終るまでの同一時的に本件土地建物を使用することを目的とするものと認めるのが相当であり、これをもつて通謀虚偽表示とする原告の主張は採用することはできない。さらに、右契約がその後設立手続を経た被告会社に当然承継されるかどうか問題がないわけではないが、右契約後の経過からしても、また、もともと、個人経営を会社組織にしたことのみでは必ずしも会社の占有を違法視できないことを考えると、右賃貸借は設立された被告会社に承継されたと認めるべきである。そして、被告会社代表取締役河内一之と卜部虎一間の前記営業譲渡契約は、営業免許に関する権利のみの譲渡を目的とすること前示認定のとおりであるから、右譲渡契約は本件土地建物の賃借権の譲渡を含むものかどうか必ずしも明らかでない。かりに、これを含むものとしても、被告会社は株式会社の形式はとられていても個人的色彩の極め強い個人的会社であるうえ、営業免許に関する権利譲渡のためにのみ経営者の全面的交替をした本件の場合には、相互の信頼関係を前提とする賃貸借の特質にてらし、新経営者は賃貸人たる原告の承諾がないかぎり、原告に対し右賃借権を対抗することができないと解すべきである。形式的に法人格に変りがないということのみでは右賃借権の存在を原告に対し主張できないものである。そして、前記認定の経過によると、乙四ないし六号証の賃料領収証のみから経営者の交代による賃借権の承継の承諾があるとは認められないし、他に承諾の事実を認めるに足りる証拠はない。

三以上の次第で、被告に対し、本件建物明渡、本件土地引渡ならびに昭和四六年六月一日から右建物明渡ずみまで一か月六万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。 (五十部一夫)

物件目録一、二および図面<省略>

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